バレンタインデーにプレゼントをあげる相手がいなくて寂しく思っている人がいるなら、これをその人に捧げます。
バラの花もハート型の箱に入ったチョコレートも、ロマンチックなカードももらわない、あるいは、あげる相手がいない・・・誰でもそういった経験があるはずです。ともすれば落ち込んでしまいますね。周りのカップルは手に手をとって街を歩いているのに、自分はたった一人で、空に暗い雲が集まるのをじっと見つめながら、目に涙があふれてくるのです。
こんな日に、大切な誰かがいてくれたら…そして相手にとっても自分が特別な存在であると知ることができたなら、どんなに素晴らしいでしょう!
もう一度、空の雲を見上げて下さい。そこには明るい希望があります。上からの暖かい光線が、陰気な灰色の雲の縁に、光り輝くほのかな銀色の色彩を投げかけているでしょう。
もしかしたら、あなたが今日一人ぼっちでいるのは、あの素晴らしい暖かな光を与えて下さる方があなたといたいからかも知れません。そんな風に考えたことはないかもしれませんが、バレンタインデーには、神にも愛する恋人が必要なんです。大切に、胸にしっかりと抱きしめる誰かが。もしかしたら、神はあなたをご自分の大切な恋人として取っておきたかったのかも…。
神の恋人になるなら、ぜったいに幸せになれるという保証つきです。どうしてですって? 神は愛の本質そのものだからです。そのパワーの源にリンクすれば、最も素晴らしいことが起こり得ます。もう一人ぼっちではなくなり、人を見てうらやましく思うこともなくなるのです。愛である神を心の内に招き入れるならば、神は、2月14日だけでなく、今から永遠に、あなたのものとなって下さるのですから。
ハッピー・バレンタインデー!
バレンタインデーが近づくと、私の友人であるクリスとエリカのラブストーリーが思い出されます。
その始まりは5年前でした。
「ちょっと変わった贈り物ね」と、エリカはひとり微笑みました。二人ともクリスチャンではなかったので、どうしてこの贈り物を思いついたのか不思議でした。けれども、買ったばかりのこの聖書が、心から愛する人に捧げる最良の贈り物だとエリカは確信していたのです。
表紙の裏に「ちょっと変わった贈り物だけれど、バレンタインデーに愛をこめて贈ります」と添え書きをして贈りました。
クリスは、エリカのプレゼントに驚きました。キリスト教にはまるで縁がなく、とくに興味もなかったからです。
聖書が本棚でほこりをかぶるあいだに数年がたち、二人の関係はぐらついて、ついに別れは時間の問題となりました。
そんなある日、聖書がクリスの目にとまりました。手にとって、あちこち読む内に、自分たちの関係に何が欠けていたかがわかってきたのです。「神は愛である」、それは、とても単純明解ながら、深遠な言葉です。(1ヨハネ4:8) クリスは、来る日も来る日も聖書の言葉を勉強し、ついにイエス・キリストを自分の友かつ救い主として受け入れたのでした。
聖書に没頭するクリスを見てエリカは驚きました。そして、二人で一緒に、聖書の中に数々の宝を見つけたのです。イエスの愛によって、二人は心のきずなを取り戻し、過去のあやまちを乗り越えることができました。そして初めて、お互いに対して心にあることを正直に隠さず告げられるようになりました。
それ以来、聖書はずっと二人の心の支え、愛の源となっています。関係が少しでも冷めかかってくると、クリスは神が聖書という愛の贈り物を通して、二人の結びつきを強めて下さったことを思い出すのでした。
昨年のバレンタインデーに、二人はお互いに特別な贈り物をしました。そう、彼らは結婚したのです。