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クロースは、孤独な老人でした。服はよれよれ、白い髪の毛もボサボサで、ヒゲものび放題。昼間は、寒々としたヘルシンキの街をあてどもなく歩きまわり、夜は粗末なベッドで死んだように眠るだけの、あわれな生活を送っていました。そんなクロースじいさんも、昔はりっぱな仕立屋でした。妻と二人の子供にも恵まれ、幸せな日々を送っていたのですが、ある年、恐ろしい流感が猛威をふるい、妻子の命を奪ったのでした。一人ぼっちになり、生きる希望を失ったクロースは別人のようになってしまい、仕立屋もやめました。金目のものを売っては食べ物やまきにかえていたので、道具さえありません。
天国では、そんなクロースじいさんを見下ろして、心を痛める人たちがいました。妻のガートルードと二人の子供たちです。ガートルードは何度も、クロースじいさんを助けて下さいと神様にお願いし、そのたびに神様はやさしくなぐさめて下さいました。
「時がくれば、クロースじいさんの暗い人生に、希望の光がさしこむよ。」
そして、神様はガートルードをクロースじいさんのもとに送りました。クロースじいさんの目にはその姿は見えないけれど、ガートルードは、かわいそうな夫に愛とはげましの言葉をささやいたのです。
長い年月がたっても、クロースじいさんはみじめな状態のままでした。
(このままでは、夫は気がくるってしまう)
ガートルードは、もう一度、神様に嘆願しに行きました。
すると今度は、神様はこう答えられました。
「ついに、その時が来た! クロースは自分をあわれんでばかりいないで、他の人を助けたいと思うようになる。その時、わたしは奇跡を行うだろう」
ヘルシンキに、いつものようにきびしい冬がおとずれました。ほんの数時間しか陽の光がささず、いてつく街に人影もまばらです。職人も商人も、室内の暖炉の前で仕事にはげみ、主婦たちも、買い物に出る時以外は、暖かいキッチンにこもりっきりでした。家を飛び出して元気に遊ぶのは、子供たちくらいです。子供たちに人気のある「おもちゃ通り」には、遠くに住む子も、近くに住む子も、みんなやって来ました。そこには、どの店にも、思わず目をうばわれるような見事なおもちゃが所せましとならんでいます。子供たちは目を輝かせながら、ショーウインドウにかざられたおもちゃを夢中でながめるのでした!
クロースじいさんも子供が大好きでした。でも、遊んでいる子供や、おもちゃに目を見はる子供を見ると、自分の子供たちのことが思い出されてなりません。そのたびに、目に涙があふれるのです。
ある日、クロースじいさんは、小さな男の子が店内のおもちゃをじっと見つめているのに気づきました。服は、クロースじいさんのと同じぐらいボロボロです。その悲しげなまなざしから、その子が何を考えているかが、いたいほどわかりました。
(あんなおもちゃ、ぜったいに買えっこないや)
クロースじいさんの目にはまた涙があふれました。でも、今度は自分のためではありません。そのおさない男の子や、同じような境遇にある何百人もの貧しい子供たちのことを思って涙が出たのです。人のために涙を流したのは、何年ぶりのことでしょうか。
家路につきながらも、あの男の子の姿が目にうかびます。いつの間にか、クロースじいさんは、町はずれの小さな崖の下に来ていました。そこは町の人々のゴミすて場でしたが、どういうわけか、クロースじいさんの心ははずんでいました。こんな風に感じるのも、ずいぶんひさしぶりです。
ゴミの山には、バラバラになった人形がありました。すてられたばかりらしく、まだ雪にうもれていません。クロースじいさんは、かがんで人形の手足をひろいあげました。
その時、クロースじいさんの耳にガートルードがささやきました。
(クロース、直してあげて)
理由もわからないまま、クロースじいさんは手足をくっつけてみました。すると、おどろいたことに、人形の目がぱっちりと開き、クロースじいさんを見ました。生き返らせてくれて、ありがとう、とでも言っているかのように。
「お安いご用さ!」
クロースじいさんは思わず人形にほほえみました。
あたりにはだれもいませんでしたが、急に、自分がばかなことをしているように思えて、人形をゴミの山に投げすてました。
すると、心の中はまた悲しみでいっぱいになりました。
そこで、人形をもう一度ひろいあげると、また心がはずんできます。
「どうしたっていうんだ?」
それから、別のゴミの山から腕のないクマのぬいぐるみをひろいあげて、こう考えました。
「こわれたおもちゃやぬいぐるみを直して、貧しい家の子供たちに配れたらいいなあ。きっと大喜びするだろう! だが、わしに一体、何ができる? こんな老いぼれじゃあ何もできやしない。道具もない…針も、糸もないんだ!」
その時、天からのささやきが聞こえたような気がしました。
(神様には、何だってできる! 神様にみちびかれているのだから、道具も与えられる。さあ、まわりをよく見て!)
何だかわからないまま、クロースじいさんはまわりに散らかったゴミをあさり始めました。すると、古い木箱がありました。ただのガラクタに見えましたが、フタを取ってみると…。
なんと、裁縫道具一式が入っていました。これだけそろっていれば十分です! はさみなどは古くサビていましたが、といでみがき上げれば、ちゃんと使えます。様々な種類の針や糸もありました。
「不思議なこともあるもんだ!」
中の裁縫道具を見ているうちに、あるアイデアがうかびました。
「もし…もし、わしがこわれたおもちゃを直して、クリスマスプレゼントに貧しい子供たちに配ったらどうだろう?」
天国では、ガートルードや天使たちが大喜びしていました! 神様のお約束が、ついに実現するのです!
それからというもの、クロースじいさんは人が変わったように働きました。数日かけてこわれたおもちゃを集めると、町に住む貧しい子供たちの家を探し、こっそりと住所を聞き出すことさえして、小さな手帳に一つ一つ書き込みました。そして、ぬったり、切ったり、つめたり…、来る日も来る日もおもちゃを修理しました。食事を忘れることもしばしばでした。
「もうすぐ、クリスマスだ。」
そう思うと、クロースじいさんの心ははずみました。
「あの貧しい子供たちがおもちゃをもらって喜ぶ顔が目にうかぶ!」
毎晩遅くまで、クロースじいさんは働きました。指がしびれ、目もかすみました。よく、椅子にすわったままねてしまったほどです。でも、夜明けと共にめざめ、また修理を始めるのでした。
クロースじいさんの心は喜びで満ちあふれました。とうとう、クリスマスイブに、全部のおもちゃの修理が終わりました! 手帳に書き込んだ子供全員が、プレゼントを受け取れるのです。仕事場には、ステキなおもちゃがいっぱいつまった七つの大きなふくろがおかれていました。
「だが、子供たちにどうやっておもちゃをあげよう?」
クロースじいさんは考えました。
「わしからだとは言いたくない。もともと、わしからではなく、子供を愛するやさしい神様からのプレゼントなんだから!」
(夜にこっそり配るのよ!)
ガートルードがささやきました。
クロースじいさんはそうすることに決めました。
クリスマスイブは吹雪でした。夜中の12時前に、クロースじいさんはおもちゃのふくろを大きなソリにつんで、子供たちの家へと急ぎました。これはクロースじいさんが自分の子供を乗せて引いたソリで、売らずに残していたのです。雪の中、歩いて重いソリを引っぱるのは大変でした。通りから通りへと、貧しい家の戸口につつみを置いていきました。その一つ一つには、こう書かれた小さなカードがついていました。
「愛をこめて、神より」
クロースじいさんの心に、深い満足感があふれました。
さて、クリスマスの朝がおとずれると、子供達の歓声があちこちからあがりました。この奇跡を神に感謝する人もいれば、何が何だかわからないけれども、とにかく子供たちが喜ぶ姿を見てうれしく思う人もいました。雪まみれになってつつみを配っている老人を見たと言う人、大きなふくろをいくつも積んだ不思議なソリを見たという人、様々なうわさが飛びかって、ついにそれはトナカイに引っぱられたソリで、天から下ってきたと言う話さえ語られました!
でも、どれも事実からかけはなれてはいません! 雪でおおわれた老人は確かにいたし、ふくろをつんだソリもありました。それに、天から下ってきたというのも、ウソではありません。もともと、神が計画されたことですから!
クロースじいさんは、翌年もこっそりとこわれたおもちゃを集めて、修理しました。その幸せそうな顔といったら!
そのクリスマスも、町をまわって貧しい子供たちにおもちゃを配りました。そして、毎晩、夜おそくまで働いて、つかれ切ったクロースじいさんは、クリスマスの朝早く、息を引き取ったのでした。だれも気づかぬ孤独な死でしたが、天国では大歓迎を受けました! クロースじいさんは愛する妻や子供たちと再会し、天国全体が喜びにわきあがりました。
「よくやってくれた」
神様がクロースじいさんに言われました。
「だが、まだ仕事は終わっていないよ。子供たちみんなに、わたしが愛していることを知ってほしい。手伝ってくれるかね?」
かくして、ガートルードの祈りは答えられました。クロースじいさんは、今まで味わったこともないような幸福感と喜びにひたりました。そして、世界中の子供たちを助けるために、その心にささやきかけたり、はげましたりしたのです。ちょうど、ガートルードがクロースじいさんにしたように。子供たちが神の愛を知って、幸せになるのを見て、クロースじいさんも、この上ない幸せを感じるのでした。
世界中が祝うクリスマスは、イエス・キリストが生まれた日。イエスさまは、私たちに愛と喜びを与えてくれます。イエスさまに、自分の心に入って、愛と安らぎと喜びで満たして下さいとお願いして下さい。そうすれば、イエスさまは心に入り、永遠の友となってくれます。イエスさまは、あなたを愛しています。今年のクリスマスがあなたにとっても、「忘れられないクリスマス」となりますように。